筐体設計データの引き継ぎ、STL・STEPと図面の違いと量産に必要なもの
3Dプリンタで試作品ができたとき、その喜びはひとしおです。しかし、いざこの試作品を量産しようとすると、思いがけない壁にぶつかることがあります。その一つが、製造業者に渡す設計データです。特に、3Dプリンタで出力したSTLデータだけでは、製品の量産は難しいのが現実です。試作と量産では、求められる設計データの種類と内容が大きく異なります。
STLデータで量産できない理由
STLデータは、3Dモデルの表面形状を小さな三角形の集合体で表現したものです。3Dプリンタで形にするには十分ですが、量産製造にはいくつかの点で不向きです。
- 寸法の曖昧さ: STLデータには、設計意図としての厳密な寸法情報や公差が含まれていません。あくまで形状を表現するためのデータであり、寸法の保証はできません。
- 設計履歴の欠如: どのように設計されたか、どのような特徴を持つかといった設計の履歴情報がありません。そのため、製造工程で形状変更や調整が必要になった場合、元の意図を汲み取って修正することが非常に困難です。
- 修正の困難さ: 微細な形状変更や寸法の調整が必要になった場合、STLデータを直接編集して製造要件を満たす形にするのは、ほぼ不可能です。新しい設計データを作成し直す手間がかかります。
STLデータは「面」情報しか持たないため、部品の内部構造や材質といった「ソリッド(立体)」としての情報が不足しています。これが量産で求められる精密な加工指示を妨げます。
量産に必要なCADデータ(STEPなど)
量産を前提とした筐体設計では、3D CADで作成されたネイティブデータ(SolidWorks, Fusion360など各ソフトウェアの独自形式)や、それを汎用的に交換できるSTEP形式のデータが不可欠です。
- 設計意図の伝達: CADデータは、単なる形状だけでなく、部品がどのように組み立てられるか、どの部分が強度を必要とするかなど、設計者の意図を詳細に含みます。
- 正確な寸法情報: CADデータには正確な寸法や、それらがどのように関連しているかの情報が保持されています。製造業者はこれらのデータをもとに、最適な製造方法や工具パスを検討できます。
- 加工性の考慮: 金型設計や切削加工など、実際の製造工程を考慮したデータ作成が可能です。製造業者はCADデータから直接加工用のデータを作成でき、効率的な生産につながります。
STEP形式は、異なるCADソフトウェア間でデータをやり取りする際によく用いられる中間ファイル形式です。設計履歴は引き継げませんが、ソリッドモデルとしての形状と寸法情報を正確に伝達できるため、量産製造の現場で広く利用されています。
2D図面の重要性:公差・表面処理・指示
3D CADデータがあっても、量産では2D図面が必須です。3Dデータだけでは伝えきれない、製造における重要な情報が2D図面には集約されます。
- 公差の指定: 部品の組み立て性や機能性を保証するために、各寸法の許容誤差(公差)を明確に指定します。公差がなければ、部品同士がうまくはまらなかったり、製品の性能が出なかったりします。公差の厳しさは製造コストに直結するため、適切な設定が求められます。
- 表面処理・色指定: 塗装、メッキ、研磨、シボ加工などの表面処理の種類や、色見本番号(DIC、Pantoneなど)を具体的に指定します。
- 材料指定とロット管理: 具体的な材料の種類、グレード、メーカーなどを指定します。また、製造ロット番号の刻印指示なども含みます。製品によってはRoHS指令などの環境規制への対応も必要になり、材料選定の段階から考慮が求められます。最新の情報は所管機関で確認してください。
- 検査基準: 完成品のどの部分を、どのような方法で検査するかといった品質基準を明記し、品質管理の指針とします。
これらの情報は、JISなどの図面規格に沿って作成され、製造業者との間で誤解なく共有されるための共通言語となります。
材料選定と製造方法
筐体の量産では、用途や要求される強度、コスト、生産量に応じて適切な材料と製造方法を選定することが重要です。
例えば、プラスチック筐体であれば、射出成形が一般的な量産方法です。この場合、製品の形状に合わせて専用の金型が必要になります。日本で金型を1型起こす場合、目安としておよそ100万円程度の初期投資がかかります。この費用は、ある程度の数量(例えば1,000台以上)を生産することで回収できる可能性が出てきます。
少量の生産(10台〜100台程度)であれば、既製品の筐体を活用したり、切削加工や板金加工といった工法を検討することもあります。3Dプリンタ以外の試作工法としてCNC削り出しは、積層の筋が見えない美しい仕上がりになるため、人に見せる製品サンプルには適していますが、1個の加工に10〜13時間かかることもあり、量産には向きません。
量産を見据えた設計データの準備
試作段階では機能確認ができれば十分なデータでも、量産では製造性、組み立て性、品質管理、コストなど、多岐にわたる視点でのデータ整備が求められます。特に、設計変更が発生した場合にスムーズに対応できるよう、設計履歴が残されたCADデータの管理が重要です。
量産を依頼する業者との間で、設計データの形式、図面の記載方法、公差の解釈など、事前に詳細な打ち合わせを行うことが、後のトラブルを防ぎ製品化を成功させる鍵となります。試作と量産では、求められるデータの質と量が大きく異なるため、このギャップを埋めることが製品化成功の鍵となります。
当社サイコス・ジャパン株式会社では、他社や個人・フリーランスの方が作った試作品の持ち込みを受け、製品化の支援をしています。機構設計の専門家が、お客様の試作品を量産に適した形に落とし込むための設計データの整備、金型製作、そして国内外の製造ルートを活用した小ロット(数百個〜)からの量産まで一貫してサポートします。製品開発35年の実績と、累計出荷数200万個を超える経験から、試作から製品化までをスムーズに進めるお手伝いが可能です。
試作品はできたものの、量産への道のりで設計データの壁に直面している方は、写真と経緯のメモだけでも構いませんので、まずご相談ください。初回相談は無料です。